« 少し好みとは違ったが(2/16) | トップページ | 春遠からじ(3/7) »

2009/02/23

曲の長さは美徳となるのか(2/22)

クラシック音楽を聴くということはCDリスナーであろうとコンサートゴアーズであろうとお金がかかるものである。でもその状況は今や変わりつつある。
日本においての最近ではインターネットラジオ、ottavaなる存在が出てきた。海外では無数のラジオが存在してインターネットが接続できる環境を確保することができれば今やクラシックでも音楽聴き放題ということも可能である。もちろん動画サイトなんかにも音楽映像は無料で転がっていたりする。
CDはクラシックにおいては暴落を起こし始めていて、セット物なんかで50枚組で2万円しないなんてのが幾らでも登場するようになった。
10年一昔というけれどもまさにその通りで私なんかは学生時代からCD1枚買うのにもそれ自体が贅沢であったので慎重に慎重を期して気合を入れてレコード店で購入したものだ。今やottavaやNAXOSなんかで無料または月一律定額で音源聴き放題なんである。それだけありがたみは減ったかもしれないけど、やはり今の状態はありがたい。
で、そんな世の中において価値も値段も下がらないのは実演コンサートを聴きに行く値段だ。こればっかしは世の中が少しひっくり返ることでもない限り変わらないであろう。
と、変なことを頭に巡らせながらも今週末も文化的に行動することにした。
MUZA川崎シンフォニーホールにて東京交響楽団の演奏を聴きにいった。
川崎駅西口に直結しているこのホールは出来上がって5年ほどと新しいがなかなかに評判がいいらしく、海外の来日オーケストラなんかも良く使うところなんである。内部の客席の配置の渦巻き具合がなんとも眩暈というか日本的シンメトリーとは一線を画す存在なんである。
今日の演目は、指揮:飯森範親、ピアノ:岡田博美にての
シューベルト:イタリア風序曲 第2番
リスト:死の舞踏
マーラー:交響曲 第7番「夜の歌」
前二つは初めて聴く曲であり正直なところそれほどの感想を持たなかった。メインはマーラーの交響曲。
個人的にではあるがマーラーの交響曲のCDは全集として所有している。好きと聞かれれば好きと答えなければならないのかな。ともかくそんな中、地味で演奏頻度としては一番少ないといわれる7番を聴けるのはラッキーかなと思った次第。実演では3,5,6,7,10番と埋まった訳で一生をかけて全部揃えることも目標にするのもいいかもと思ったりする。
で、マーラーなので当然ながら曲が長いのである。この曲も80分近くかかる。長々しさを許容できる人でないとこの曲は楽しめないのだ。もっともそんなことは百も承知という人達がこの場に集まっているはずではある。
金管群が不気味な行進曲を奏でて始まり、壮大なる自白となる演奏が続いた後、壮麗なファンファーレで終わる。飯森氏の指揮において作曲家のもつ鬱屈した精神を現すかのような演奏であった。個人的には満喫。でもやっぱりこの曲は長い。通常の演奏会よりは30分オーバーであった。もっともっと続いてほしいと願う人もいるのであろうか、長いことが美しいと感じるには聴く側にも少し修行が必要。ブルックナーなんかでもそうだが長々しさを楽しむには忍耐、そして許容、諦めに似た感情も必要である。その意味では私は今日はこれで充分。

|

« 少し好みとは違ったが(2/16) | トップページ | 春遠からじ(3/7) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/75853/44155375

この記事へのトラックバック一覧です: 曲の長さは美徳となるのか(2/22):

« 少し好みとは違ったが(2/16) | トップページ | 春遠からじ(3/7) »