« 2011年1月 | トップページ | 2011年4月 »

2011/02/21

またも、手抜きして2週間行動報告(2/13,19,20)

どうも、キーボードでの入力が億劫になっております。ここを奇特にも読んでいただいている方へ不都合は発生してはいないものの、サボっていることは認めますのでお許しください。
と言う訳で先々週の週末は土曜日だけ出動。ちょこっとだけ東京体育館へ行って、テニスの社会人団体戦リーグである、日本リーグの準決勝を日和見観戦。テニスの日本リーグ自体ほとんど宣伝、告知をしないまま実施されているので関係者と選手の知り合い、企業応援団以外の物好きはほとんどいないであろう世界だ。テニスを好きな人でもこの日本リーグについては関心を示さないのかもしれないそんな代物。
試合形式はシングルス2試合とダブルス1試合での3セットマッチでの団体戦なわけで当然の結果として全部見るのは困難かつ修行、苦行ともいえるほど時間がかかる。実際、自分が見ていた時間ではある対戦(女子のリビック-日本郵政グループ)ではシングルス2試合なんとか観戦できたが、男子の方は第2シングルスが接戦となり3セットまでもつれたのでその試合だけしか見れなかった。てな訳で、来年は覚悟を決めて観にいこうかと思うが実行できる自信はない。とりあえず、結果だけ、男子の優勝はリビック(旧、北日本物産)、2位は三菱電機。女子の優勝は男子とアベックでのリビック。2位は島津製作所。
で、日和見を終了して秩父宮ラグビー場でトップリーグの入替え戦、NTTコミュニケーションズ-キヤノンの一戦を観戦。
挑戦者であるキヤノンがボールキープしてコツコツとペナルティーキックを決めていくのだが、NTTがバックス一発での突破でトライを挙げて突き放すという展開となった。キヤノンもボールキープでは見劣り無く攻めるものの決め手欠く分得点能力が低かった。NTTがカウンターでトライを確実にあげていくがキヤノンは1トライに抑えられてしまいそのまま終了。31-19でNTTコミュニケーションズが残留を決めた。来シーズンはNTTドコモ関西もトップリーグに昇格してくるのでグループ内でのダービーマッチが実現。関係者にとっては喜ばしいことだろう。
で、何故NTTグループがラグビーを強化するようになったのだろうと実は疑問に思っている。バレーは10年ほど前にVリーグからの撤退、廃部を経験しているのだがそれよりも遥かに費用がかかるラグビーのトップリーグへ費用を投じている状況が不思議に思える。単にその時の経営状況の差とかグループ内の企業体力の差とかなんだろうか。
一週すすんで今週末は土日ともにバレー。土曜日は東京体育館で女子の1部。東レ-デンソー、NEC-パイオニアを観戦。東レは全くの順当勝ちで感想さえでないほど余裕。NECとパイオニアはお互いの首を絞めあうような我慢勝負をパイオニアが拾った。いやーパイオニアの外国籍エースが無双の強さ。NECのエースとの打ち合いに勝った分の差が少しでたかな。
と、試合についてはのほほんと見てしまったのでたいした感想もなし。それよりは観衆の少なさが気になった。今回のVリーグ女子において東京都内で行なう試合はこの土日の2日間であるはずだがそれにしては両日ともに公式入場数は3000人未満の寂しい人の入りであった。年が進むたびに東京体育館での観客の動員が落ちているようだ。このままだと今年の決勝戦でも満員にはならないのではないかと思うがどうだろうか。
日曜はお近くとまでは言えないが川崎市の市立橘高校の体育館というなんとも土曜日とはあまりにも違うロケーション、環境で行なわれた男子2部の試合を観戦。理由はよくわからんが無料であった。試合は東京ヴェルディ-大同特殊鋼、富士通-JTECTの組み合わせ。観衆的には600人以下で会場が満員となるような小さな会場であったが、こちらの方が雰囲気的にははるかに面白かった。東京ヴェルディ-大同特殊鋼の方はヴェルディが望外にもストレート勝ちでの勝利で直接の上位である大同を破り、チャントをしていたサポを満足させた。富士通-JTECTは富士通の事実上のホームゲームであったことから関係者による応援の力が後押しとなり富士通を奮い立たせていた。普通に戦っていたなら負けていたであろうJTECT相手に選手曰く、「創部以来初めて勝てた」とのことでフルセットの勝利を挙げた。
個人的にサッカーなんかで3部、4部とか5部のプレーオフなんかを観戦する身としてはバレーの状況はトップのプレミアより2部のチャレンジの方が私には心地よい部分がある。とは言うもののそれを良しとは言うつもりはない。是非(いや無理せずに)、少しずつでも2部の環境を向上させてサポートする人々を巻き込んでよい良く進んでほしいと思うところだ。これはどの球技においても等しく願うところ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/02/07

日本のオペラを聴くというのは義務か素養か物好きか(2/5)

この週末はクラシック音楽で過す。土曜日に初台の新国立劇場で木下順二作、團 伊玖磨作曲のオペラ「夕鶴」を観にいった。この作品は言わずと知れた日本を代表するオペラ作品であるのだ。他に並び立つ物がないくらい日本ではダントツでポピュラーな作品で今回の新国立劇場での公演を機に調査したところ1952年の初演以来通算公演数が800を超えていたことが判明したとのことである。な訳で、私個人としても日本人なら1回は観ておきたいと思っていた作品である。とは言うものの、日本人たるもの観にいきたいものなんてのは私にとってもそれこそ五万と存在する。オペラやクラシックコンサートは生観劇するくせに歌舞伎や能、狂言、文楽といった日本伝統芸能の舞台にはとんと足が向いていない。また、同じ音楽であるけれど、ジャズやロックやらポップス系といったコンサートにも無縁な状態だ。と、本当なら物好き人間の素養全開であたるべきところだが、そこには資金力と暇の多少という制約があるわけだ。とりあえず「一つ空白は埋めれたよ。」と。
当然毎度ながら予習など一切せずに聴きに行った。と言っても「夕鶴」の作品自体は日本人なら子供の時期に知るであろうお話なのであらすじは判っているので、興味は音楽の方に向かった。で、そこで繰り広げられた舞台は1幕、登場人物はソリスト4人(テノール1、バリトン2、ソプラノ1)に児童合唱で2管編成の少しこじんまりとしたオーケストラでのある意味最小規模でのオペラだった。1950年代の日本の事情を考慮したらこれが公演できる厳しい条件だったのだろうと想像できる。まず公演できることが最優先だったのだろう。
この日の舞台は簡素ながらも太陽光と雪のコントラストが美しい情景を作り出していた。ソリスト4人も素晴らしいパフォーマンスを見せてくれて歌としても演劇としても非常に満足するものであった。
人間の豊かさへの欲求の業とも言える悲しさを鶴(つう)を通じて訴える作品であるが、その中でも印象的だったのが「無垢だったあなたがどんどん欲のある人達と同じになっていく」「お金の話をする与ひょうの言葉がわからなくなる」と嘆く「つう」の歌であった。これには意図的であったのだろうか「つう」の夫である「与ひょう」をそそのかす百姓である「運ず」と「惣ど」等との間で交わされる「口語での普通の会話」(お金の話)に「つう」は理解を示さず。金の話ではない「歌唱」においては会話が成立するという伏線も張っていたような感じがした。
と言いながらも正直な感想として予想外にも音楽的に強い印象を残すことができなかった。いや、音楽的には民謡を巧みに取り入れた美しい調べで溢れていたのだが(その意味ではミニプッチーニだったのだが)それがあまりにも連続すぎたのかな。それとも何かしら特筆するアリアがなかったせいかもしれない。いずれにせよ結末まで一本調子で音楽が進んでしまったのがちょっと残念だった。なんか自分の感性がずれているのかもしれん。
しかし、物語の普遍性、音楽の美しさから日本の代表オペラであるということには全くの疑い無しであることに納得した次第である。で、妄想する訳である。この作品が欧米の一流どころと言われるようなオペラハウスで上演されるような日が来るのであろうかと。もちろん海外で日本語のオペラという障害があるのでそうそうはできるはずはないであろうし、日本国内であっても海外の作品の方が遥かに頻度高く公演されている現実から見ても難しい話である。でも、新国立劇場で800回を超えた記念としての展示がされていたのだが、当初から英語訳、独語訳を前提としていたスコアがあり海外での初演自体は早々と行なわれていたという記録が残っていた。それだけにあのMETやウィーンやミラノなんかであの与ひょうの悲しいまでの愚かさとつうの美しいほどの悲哀を是非海外の観衆に魅せてみたいと思う。で、それをMETライブビューイングなんかで悠々と観劇してみたいものだ。なんてね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年1月 | トップページ | 2011年4月 »