2011/02/07

日本のオペラを聴くというのは義務か素養か物好きか(2/5)

この週末はクラシック音楽で過す。土曜日に初台の新国立劇場で木下順二作、團 伊玖磨作曲のオペラ「夕鶴」を観にいった。この作品は言わずと知れた日本を代表するオペラ作品であるのだ。他に並び立つ物がないくらい日本ではダントツでポピュラーな作品で今回の新国立劇場での公演を機に調査したところ1952年の初演以来通算公演数が800を超えていたことが判明したとのことである。な訳で、私個人としても日本人なら1回は観ておきたいと思っていた作品である。とは言うものの、日本人たるもの観にいきたいものなんてのは私にとってもそれこそ五万と存在する。オペラやクラシックコンサートは生観劇するくせに歌舞伎や能、狂言、文楽といった日本伝統芸能の舞台にはとんと足が向いていない。また、同じ音楽であるけれど、ジャズやロックやらポップス系といったコンサートにも無縁な状態だ。と、本当なら物好き人間の素養全開であたるべきところだが、そこには資金力と暇の多少という制約があるわけだ。とりあえず「一つ空白は埋めれたよ。」と。
当然毎度ながら予習など一切せずに聴きに行った。と言っても「夕鶴」の作品自体は日本人なら子供の時期に知るであろうお話なのであらすじは判っているので、興味は音楽の方に向かった。で、そこで繰り広げられた舞台は1幕、登場人物はソリスト4人(テノール1、バリトン2、ソプラノ1)に児童合唱で2管編成の少しこじんまりとしたオーケストラでのある意味最小規模でのオペラだった。1950年代の日本の事情を考慮したらこれが公演できる厳しい条件だったのだろうと想像できる。まず公演できることが最優先だったのだろう。
この日の舞台は簡素ながらも太陽光と雪のコントラストが美しい情景を作り出していた。ソリスト4人も素晴らしいパフォーマンスを見せてくれて歌としても演劇としても非常に満足するものであった。
人間の豊かさへの欲求の業とも言える悲しさを鶴(つう)を通じて訴える作品であるが、その中でも印象的だったのが「無垢だったあなたがどんどん欲のある人達と同じになっていく」「お金の話をする与ひょうの言葉がわからなくなる」と嘆く「つう」の歌であった。これには意図的であったのだろうか「つう」の夫である「与ひょう」をそそのかす百姓である「運ず」と「惣ど」等との間で交わされる「口語での普通の会話」(お金の話)に「つう」は理解を示さず。金の話ではない「歌唱」においては会話が成立するという伏線も張っていたような感じがした。
と言いながらも正直な感想として予想外にも音楽的に強い印象を残すことができなかった。いや、音楽的には民謡を巧みに取り入れた美しい調べで溢れていたのだが(その意味ではミニプッチーニだったのだが)それがあまりにも連続すぎたのかな。それとも何かしら特筆するアリアがなかったせいかもしれない。いずれにせよ結末まで一本調子で音楽が進んでしまったのがちょっと残念だった。なんか自分の感性がずれているのかもしれん。
しかし、物語の普遍性、音楽の美しさから日本の代表オペラであるということには全くの疑い無しであることに納得した次第である。で、妄想する訳である。この作品が欧米の一流どころと言われるようなオペラハウスで上演されるような日が来るのであろうかと。もちろん海外で日本語のオペラという障害があるのでそうそうはできるはずはないであろうし、日本国内であっても海外の作品の方が遥かに頻度高く公演されている現実から見ても難しい話である。でも、新国立劇場で800回を超えた記念としての展示がされていたのだが、当初から英語訳、独語訳を前提としていたスコアがあり海外での初演自体は早々と行なわれていたという記録が残っていた。それだけにあのMETやウィーンやミラノなんかであの与ひょうの悲しいまでの愚かさとつうの美しいほどの悲哀を是非海外の観衆に魅せてみたいと思う。で、それをMETライブビューイングなんかで悠々と観劇してみたいものだ。なんてね。

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2010/10/19

指揮者というより親方だよ。(10/15)

先週は文化的行動を久しぶりに実施。金曜日にNHKホールにてN響の定期演奏会を聴きに行った。ネルロ・サンティ指揮によるヴェルディの歌劇「アイーダ」の演奏会形式での公演であった。
サンティを真横から眺めるような位置の席にいたのだが、いや、ほんとにこの方は暗譜で指揮するのね。しかも、2時間半はかかろうかというオペラだというに。と、不必要なところにも感心しきりであったが、この日は歌のアリアよりもオーケストラを聴く会とあいなった。実際それが非常に正しいことのように感じてしまった。オケが通常のオペラピットにあるよりも遥かに大編成であることもあって音が伽藍のように響く。そしてヴェルディということもあってブラスがパンパカパンと鳴る訳だ。「イタオペ最高・・・!」って気分になることなること。もうヴェルディとかプッチーニとかのオペラは通常のオペラピットレベルの編成では物足りなく感じる身体になってしまったかも。
歌手ではラダメスを歌ったサンドロ・パークが一番よかったかな。アイーダを歌ったアドリアーナ・マルフィージは少し息が揚がった感があったりしてちょっと不満あり。オケもアイーダトランペットなんかで傷があったりしたんだがそれでも大いにすごかった。観客の反応を大いに好意的であった。で、主役はサンティであり、指揮者万歳というか親方万歳という状況であった。

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2010/07/26

真夏、大暑クラシック演奏会(7/24)

先週の土曜日は久しぶりに文化的に行動。神奈川県立音楽堂にて神奈川フィルの演奏会を聴きに行った。同じ日に新日本フィルもサントリーホールで演奏会があったのだが、行きやすさと値段で天秤にかけて神奈川に軍配がいったという訳。
また、近くで高校野球の神奈川予選もやっていたので午前中はそれを見にいこうという算段も併せ持って計画をたてて行動を開始した。
しかし、梅雨明けしてから本当に猛暑になったね。梅雨明け10日の天候を狙って登山にいったのだがそれ以降は猛烈な陽射しが続いている。外でのスポーツ観戦はなかなかに厳しい。しかも横浜スタジアムは屋根が一切ない。という訳で体調も気にしながらの観戦で1試合のみ。横浜-横浜商大付属の対戦であったが、乱打戦で時間がかかったせいもあり最後みきれずに離脱。最終的には8回コールドの15-8で横浜が勝利した試合であった。干物になりそうな状況から抜け出して音楽堂へ到着。当日券にてかなり前列での席を確保した。
今日の演奏会の演目は金聖響指揮による
メンデルスゾーン/序曲「ルイ・ブラス」
シューベルト/交響曲第5番変ロ長調
メンデルスゾーン/交響曲第3番イ短調「スコットランド」
と渋めのラインナップ。もっともこの演奏会はシリーズものでメンデルスゾーンとシューベルトが大きくフューチャーされていることから普通の定期演奏会とは一味違う感じの構成となっている。
演奏は、最近の金聖響の志向なのか、ビブラートは少なめにしたピリオド奏法を意識したもの。とは言ってもピリオド演奏とまではいかない程度のスパイス風であった。しかし、それでもその効果はなかなかのもの。それほど大きくないホールでかなり前列で聴いていたこともあり、それぞれのセクションの音がダイレクトに伝わってきて非常に楽しかった。
作品もシューベルトではグレートについで好きな5番やスコットランドということもあって緊張感をもって聴くことができた。アンコールにはシューベルトのドイツ舞曲、第1曲が演奏されてお開き。夏においては爽やかな演奏でよかった。でも、演者の方は大変だろう。これだけ気温や湿度が高いと楽器のメンテだけでも一苦労だと思う。
この時期は日本のオーケストラはオフシーズンというか次の定期演奏会シーズンに向けての端境期だったりもするので地方演奏旅行や海外遠征なんてのもの行われている。もちろんちょうど川崎ではサマーフェスティバルが開催されており首都圏近郊のオーケストラが大集合なんて催しもあったりして聴く側としては楽しみもあるのであるが、やはり暑さはオーケストラにとっては敵かも。早く秋になれと心中では思っているのかな。

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2010/05/11

だって、いいじゃない。偏愛の曲なんだもん。(5/8)

ラ・フォル・ジュルネびわ湖を観にいったせいもあるがコンサートゴアー意欲が納まらなかったこの週末。予め楽しみにしていた演奏会を聴きに行った。
NHK交響楽団、尾高忠明指揮での定期演奏会がNHKホールで行われたのであった。演目は
小山実稚恵のピアノでのラフマニノフ、パガニーニの主題による狂詩曲。
そしてラフマニノフ交響曲第2番
のラフマニノフプログラムである。
尾高指揮でのラフマニノフの2番はかつて札幌交響楽団の演奏会でも(5年ぶりでした)聴きに行ったことがあるので2回目となる。さらに言うと、ラフマニノフの2番をコンサートで聴くのはこれで5回目。いやー、だっても好きなんだもん。今回聴いた演奏が一番素敵であったよ。ロシア臭たっぷりながらも感傷的にはなりすぎない微妙なバランスが良かった。特に3楽章でのピチカートを刻みながら弦楽セクションが和音を奏でながら消えいく場面は背筋があらたまる思いで聴くことができた。やっぱN響うまいねーー。
一方、前半の小山実稚恵はリリックな演奏でロシア的ロマンティックではなかったがそれでも美しい音楽であった。観衆も演奏会終了後好意的な反応を示していたと思う。

すでにN響の来シーズンのプログラムが発表されているがその中で一番触手が動いているのがプレヴィンでのガーシュインのピアノ協奏曲とプロフィエフの交響曲5番のプログラム。これは絶対にはずさないぞ。っと、予めここで誓うのであった。
でも、他の楽団も聴かなくては。東京シティフィルも最近聞いていないし、都響もそうだ。という訳でWebでプログラム漁りをしなくては。

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2010/05/10

ラ・フォル・ジュルネびわ湖。いってきました

このGWにサッカーと平行して音楽の方も2つほど出かけてみた。
一つは映画の「のだめ」の後編。原作を読んでいないので話の筋的にはTV版から比較すると終盤にいくほどギャグ要素が少なめの状況というのは原作からしてそうなのかしらという感想を持つ。
いずれにせよ、音楽的にはてんこ盛り。私お気に入りのラベル、ピアノ協奏曲が使われていたりしてなかなか。ショパンのピアノ協奏曲第1番も面白かった。
のだめのゴーストピアニストとしてランランが演奏しているとのクレジットがあったので最後のモーツァルトの2台のためのピアノのソナタも多重録音で演奏しているのかなと思ったら、実際そのようですな。いずれにせよお見事な演奏です。

で、5/2には大津市にあるびわ湖ホールにてラ・フォル・ジュルネびわ湖を楽しんできた。湖岸に接した3ホールを擁する大規模なホールだが天気も上々なお陰で湖岸にて無料演奏のブラスバンドをBGMを聴きながらワゴン販売の昼食を取りながらピクニック気分での音楽三昧をすごすことができた。
演奏会は4つ聴くことができた。
・ピアノ、アンヌ・ケフェレック、オーヴェルニュ室内管弦楽団、沼尻竜典指揮での
ショパンの弦楽合奏版でのピアノ協奏曲第1番
・ピアノ、広瀬悦子での
ショパンの12の練習曲、作品25
・クラリネット、ロマン・ギュイヨ、モディリアーニ弦楽四重奏団での
モーツァルトのクラリネット五重奏曲
・ピアノ、小曽根真、オーヴェルニュ室内管弦楽団、アリ・ヴァン・ベーク指揮での
モーツァルトのピアノ協奏曲第9番

印象深かったのは最後のモーツァルトのピアノ協奏曲。小曽根真の自在なピアノのジャズ作法による自由なる思索が楽しいの何のって。観客も興奮気味で歓声をあげていた。いやーー、実際その通り。そしてショパンのピアノ協奏曲はどうしてもランランとの演奏と比較してしまった。私って嫌な奴だ。でも、弦楽合奏によってピアノが前面で出てきて降るオーケストラとはまた一つ違う魅力を見せてくれていた。
12の練習曲は圧巻だったし。本当は見る予定はなかったクラリネット五重奏曲だったが、余ったチケットを譲ってくれた人がいて感謝。これがまた演奏が1時間を越えるものだったのでタイムスケジュール的には冷や冷やものだった。
1人で楽しんだせいで、家族からは「なんで誘わなかった」と怒られたが、すいません、チケット購入に余裕が無かったのです。

で、このびわ湖での開催だが来年もできるであろうか。準備期間は非常に短かったにも関わらずプレイベント1日・本公演1日だけで来場者は2万人を越えたとのことだそうだから、資金的な問題が解決できれば是非2回目以降も開催できると思う。
で、会場だがびわ湖ホールだけでなく、近くにある滋賀銀ホールや目の前にある施設の玄関なんかを利用して5,6会場確保できたら2日ほど本公演を実施して東京並に大きめのイベントにできるかも。関西のクラシックファンもラ・フォル・ジュルネを切望していたのだねと思う1日であった。

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2010/04/06

「我は再び生きるために死ぬのだーー」と街中で囁く(4/4)

日曜日。私の住んでいる近所には富士通の川崎工場がある。その川崎工場ではこの時期毎年恒例の春祭りを開催しているのだが、初めて日和見をしてみた。予想以上に人が一杯いて驚いた。模擬店やら銀行、保険会社、車のディーラーの販促ブースやら舞台でのブラスバンドの演奏やら現在放映中のゴセイジャーのアトラクションやら色々と興味深く見させてもらった。これなら毎年楽しみにしている人がいてもおかしくないかも。
そんな中、富士通のスポーツ部の2トップ、女子バスケット部とアメフト部の社員選手達も体育館を利用しての催し物を開催して子供やその親との交流を図っていた。両チームともマスコットを繰り出したりしてなかなか頑張っていた。この日、湘南台で戦っていた男子バレー部もいつかは1部に昇格できたならば、この一員に加われるのだろうか。なーんて思ったりもした。その男子バレー部はこの日も大分三好に破れ、1部昇格ならず。来シーズン頑張りましょう。

で、午後は渋谷オーチャードホールへでかけた。東京フィルハーモニーの定期演奏会を聴きに行った。この日の指揮をとるダン・エッティンガーが東京フィルハーモニーの常任指揮者に就任するとのことでのお披露目演奏会である。演目はマーラーの交響曲2番「復活」。ソプラノに平井香織、アルトにカティア・リッティング。合唱は新国立劇場合唱団での演奏となった。
「復活」の生演奏を聴くのはクラシックの交響曲を聴くという行為としてはある意味一里塚的な行為であろう。ちょっとコンサートに通うようになってベートーベンの5番や9番といったポピュラーな曲から春の祭典といった頂点的な曲をへてさらに一つ深い世界に入り込む曲としては今やマーラーは格好の作曲家となった。人によってはマーラーの交響曲全11曲を全て制覇することを目標にしている方もいるであろう。演奏会も頻繁に実施されているので挑戦するには意外にやさしく、そして満足度も得られるイベントである。そんな中2番の「復活」はマーラーの交響曲でも劇的要素が高い人気曲。私も大好きである。その曲を勇躍生演奏で聴けるのである。気分はかなりハイテンション。

そして演奏も相当にハイテンションであった。曲の劇的要素を充分に高めた緊張感の高い演奏。オーケストラも合唱もソロ2人も非常に好演であった。こういっちゃ変だがマーラーを聴いているのにその中にヴェルディも一緒に現れてレクイエムまで聴いたかのようなオペラティックな最終楽章であった。惜しむらくはオルガンがホールつきでなく小さいやつだったことくらい。それでも音の伽藍に身を委ねることでの快楽を楽しむことができた。

今回のマーラーの2番体験で私の人生マーラーチクルスも順調に進み。2,3,5,6,7,10と埋まった。まだ先は長いが頑張って残りの空白も埋めて行きたい。
演奏が終わってbunkamuraからの帰り道にぶつぶつと先ほどの合唱部の「我は再び生きるために死ぬのだ」というフレーズをつぶやきながら渋谷駅へ向かった。さすがに声に上げては無理だ。相当に危ない人に間違えられるからね。しかし、気分はかなり高揚しスキップ交じりのルンルン気分で帰宅したのであった。サーー皆さんもご一緒にっっ体験しませんか。

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2010/02/13

郷愁を感じるのだよ。なぜかな(2/11)

2/11(木)建国記念日って言っても特に私にとってはただの休日でしかないが、休日なのでありがたく享受したいと思うところである。なんて、ぐうたらな日のはずであった1日がひょんなことから大慌て、速攻、急襲、コンサート奇襲を仕掛けることにあいなった。
要は、HPをだらだらと眺めていたら新日フィルが定期演奏会を開くのであったが、その演目にドヴォルザークの交響曲6番というなかなかお目見えしないものでその勝負受けたと挑んできたのであった。
ドヴォルザークの6番。私個人的の琴線に触れる作品なんだよ。というのも、私が自前のお金を使って購入した初めてレコード(時代がわかるねーー)がこれだったのだ。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコフィルの第1全集からの1枚。といって解る人もいるのかな?。今となってはドヴォルザークの交響曲を購入するにしても9番や8番でないこと自体すでに変なのだが、それでもさらに7番でさえもなく何故に6番というところが当時にしてひねくれていると言うか、何を考えていたのだろう。もう思い出すことさえできない記憶の断片。うーーん、単に凄いレコーディングがいいとか。レコード盤のカッティングが凄いとかそんなんで誘惑されたんではないかと想像する。(といって、スプラフォンレコードが録音がすごいという評判は当時無かったと思うが)兎に角、その頃の6番の評価なんてそんなものだったのだ。しかし、現在になると少し状況は変化して、ドヴォルザークの交響曲の評価は番号の逆順に次第に再評価が進んでいて6番はかなり高評価を得るようになり、さらに5番もCDでの発売、演奏される機会がでてきている。な訳で、当時の行動は先見の目があったんだと勝手に自慢することにしている。もっとも、自慢する相手も自分だけでしかないが。
と、過去の自分と対峙しながら、サントリーホールに急遽やってきた。すでに当日券では安価な席はなくなっている。しょうがない、久しぶりに高めの席を購入することになって2階席正面で前目の列に座ることになった。こんな席に座るのはいつ以来だろうかなんてね。でも、チケットが売れていた割には客席の埋まり具合は芳しくない。うーーん、相当数が招待席としてばら撒かれていたのか?。新日フィルであれば少し人気高めだしそんな必要も無いと思っていたのだが、現実は厳しいようである。
この日の指揮者はヒュー・ウルフ。その他の演目としてプロコフィエフ、交響曲1番。同じく、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲1番も演奏された。
交響曲1番は過去にも何回か聴いたことがあるので、少し食傷気味。個人的には5番とか6番とかもっと鋼でできた切ったら血がでてくるような曲の方が良かったかも。
一方、ヴァイオリン協奏曲のは方は素晴らしかった。独奏者はイェウン・チェ。この曲の持つ独特のファンタジー感が良く出ていた。特に終曲部でのフルートとのやり取りをしながらの終わり方は花の周りを飛び回る蝶を想像させるものがある。
で、目的のドヴォルザークの6番。再評価されているとは言え、この曲に付きまとう評判は決してポジティブとは言いがたい。ブラームスの真似だとか。ブラームスの真似だとか。ブラームスの真似だとか。というくらい、ブラームスの影響は一聴すればわかる。といって、一方でスラブ舞曲の頃と同時期の作品である故に、ボヘミアの踊りのリズム、メロディーがこれでもかと詰め込まれている。聴き手としては前者で聴くか、後者で聴くかでの聴き方に方向性を求められる作品であるの事実かなと思う。私は当然ながら後者。生来のメロディメーカーであるドヴォルザークの本分が良く出た作品だと思う。やはり、個人的に偏愛の作品なのだよな。そして、終楽章の終曲の部分もドヴォルザークの交響曲の中で1番かっこいいと思っている。いやーー、見事決まった。もう少し、ゆっくり目のリズムで踊ってもよかったのだが。それは言うまい。兎に角、この曲を生演奏で聴く機会を得たことに感謝しよう。

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2010/02/09

駄目男、ドン・ホセのお話。1巻の終わりでございまする(2/7)

4週連続で続いたMETライブビューイングもひとまずの区切り。4連続の酉は有名演目、カルメンときた。それにしても4週のうち3週も観てしまった。3500円と安くは無いもののそれでも「お得」と感じてしまうこの悲しさ。で、今週も109シネマズ川崎へやってきた。入場口は同時刻に始まるIMAX版のアバターを観る人が列を成していて相当の混雑をしている。加えて、カルメンの方もチケット完売となっている。イヤー事前に購入しておいてよかったよ。しかし、ライブビューイングを鑑賞する年代層は明らかにリタイア組や主婦層なんだけどなんで土日にやってくるかなーー。土日しか時間をとれないサラリーマンとしてはこういう方々はウィークデイに参上していただくとありがたいのですが。と暴論を思い浮かべながらチケットをもぎってもらい中へ。
で、カルメン。事実上このカルメンとアルルの女、そして若書きの交響曲の3つくらいしかしられていないビゼーの作品である。小さい頃から神童だったそうだが成功に恵まれず結局カルメンの初演も失敗に終わり苦悩の人生のまま若くして死んだそうな。とてもそんな人生であるとは想像さえできないくらいの美しく耳覚えのいい音楽が次から次へと現れては過ぎていく、ほんと快楽に身を委ねる感じで楽しかった。
それにしても、主演のカルメン役であるエリーナ・ガランチャ。いやー中々にすごかったですわ。このライブビューイングのおかげで当分世界中のカルメンの映像イメージはこの人になってしまうではないか。それくらいのインパクトを与えていた。歌って踊って、美人だし、なんてったって若いし。こういうのされたら他の歌手はそうそうカルメンできなくなっちゃうよ。また、そのガランチャであるが、それまでのはまり役であった清楚な「シンデレラ」役から情熱的破滅の象徴でもあるカルメンへの変身でイメージの脱皮に成功したといっていいのではないかな。
そして、もう一方のロベルト・アラーニャ演ずるドン・ホセの駄目男ぶりがお見事なのであった。色男のエスカミーリョの長身、イケメン振りに対する小男、小太り、粘着質な性格というのがぴったりだったと思うのであった。「カルメン、捨てないでくれーーー」とか歌ってるし。
舞台演出としてはどちらかというとオペラ的というよりはミュージカル的といっていいのかな。かなり舞踊的な要素が多く入っていてそういう意味では見飽きることは無い舞台であった。
さて、とりあえず観たいと思っていた分のMETは終わったので今シーズンはこれで見納めかな。そしてNHK-BSで2/1の週に放映されたライブビューイングもしっかり録画したのでこれも観なくては。もっとも月曜日分のサロメは雪のせいでおじゃんであったが。とせっせと夜中鑑賞中でおます。NHK来年だろけどちゃんと放映しろよ。きっとだぞ。

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2010/02/01

音楽ネタ、ダブルヘッダー(1/30)

この土曜日はクラシック音楽2本立てを堪能するため、川崎駅西口へGO。最近、「音楽の町」を標榜するようになった現在住む街、川崎であるが、そのメインシンボルであるMUZA川崎シンフォニーホールがある場所として少しだけそれを現実としているようだ。
実際、ホールができたことにより東京交響楽団がフランチャイズ契約を結び、定期的な演奏会を少なくない回数行っているのだ。今日はその定期演奏会の一つを聴きに来た訳である。
で、もう一つの目的もあって川崎西口には朝早くに到着。午前から昼間にかけては109シネマズ川崎で毎度のMETライブビューイング。R.シュトラウスの「ばらの騎士」を4時間超かけての観劇。休憩時間が入るとは言えさすがに長い。ルネ・フレミング、スーザン・グラハム、クリスティーネ・シェーファーによる第3幕の三重唱はたしかに美しかった。でも、この劇での主役は粗野で好色のオックス男爵を演じたクリスティン・ジグムンドソン。いやーなかなかに嫌な奴だったよ。粗野で好色で権威に阿り、金にも弱い。そんな人間像をうまく演じていたと思う。(金のある新興貴族の屋敷に入って値踏みする口笛はなかなかの物)
それから数時間は付近で時間を潰して、6時から東京交響楽団の川崎名曲演奏会。前半はリストのピアノ協奏曲。ソロはまだ18歳というベンジャミン・グローヴナー。天才少年な訳だがテクニックはさすがにあるといった印象。リストだからばりばりひいてしまったので音楽解釈の深さについては印象を残せなかったかもしれない。でも、大器の片鱗は感じさせてもらった。そして後半はマーラーの交響曲第10番(クック補筆版)。ベートーベンの第9の偉大さから「音楽家は交響曲第9番を作曲すると死ぬ」と言ったジンクスが生まれ、それを多いに気にしたマーラー。一度は9番にあたる作品を作りながらも番号をつけずに回避し、次には已む無くか交響曲第9番を作曲。そして第10番の作曲を開始して逃げ切りを図ったはずが、皮肉にもここで死が訪れる。結局、第1楽章のみが完成され、それ以外の楽章はスケッチとして残ったというまさに「死の交響曲」。内容も死生感たっぷりの音楽が70分漂う。音楽学者クックによる補筆復元ではあるが特に第5楽章は自分も落日、死を感じてしまう。残念ながら演奏会の間、隣の席にノイズを起こす人がいてかなり邪魔されせっかくの演奏が少々台無しになってしまった。それでも、この5楽章を聴くだけでも価値があったと思う。
人によっては自分が死んだ時の葬儀で流してほしい音楽を生前にリクエストしておく方がいるらしい。もし私が死んだらこのマーラーの10番の5楽章を流してほしいかなと思ったりする。もっとも、葬式できるかなーーー。死ぬ時は全くの天涯孤独で迎えるような気がする。

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2010/01/18

皆好きだよね。イナバウアー(って覚え方が違う)(1/17)

今年も行きます、METライブビューイング。怒涛の4連戦の最初をかざるのは大人気作「トゥーランドット」と来た。いやー、前回の「アイーダ」でもそうだったけど、今年のライブビューイングは人気作品が上映されているせいもあって、各回のお客さんの入りがいい。今回はそんな中でもイレギュラー中のイレギュラーであるだけにどんな対応を映画館(私が利用しているのは109シネマズ川崎)がしてくれるか注目していた。
前回のアイーダでは土日ともに全席完売の憂き目に会い。やむを得ず東劇にてみるはめにあった。この時、109シネマズ川崎へデカイ客席でやるようにと訴えたのだがそれが奏功したかはともかく1日2回上映にしてくれた。
これなら安心。とはいかないなーー。なんと言っても今や日本人の8割以上がこの曲を聴いたらイナバウアーをするのではないかというくらい刷り込まれているオペラだけに客席の争奪戦が予想される。
てな訳だから、事前に対処することにした。日曜日の席をとるために金曜日の夜に席を予約しに行ったわけである。その結果、見事席は確保できたのだったが、やはりこの判断は正しかったようで席を購入した時点でもうほとんど売り切れ状態であった。
迎えた日曜日、109シネマズはチケット販売待ちの客やすでに当日券は完売したIMAXシアターで上映される映画アバターの客やらで大いに混雑していた。もちろんトゥーランドットも1回目の分は完売である。そんな混雑した入り口を抜けてスクリーンへ。
今やあらすじを語るまでもないオペラ。プッチーニ最後の未完のオペラ「トゥーランドット」。トゥーランドットにはマリア・グレギーナ、カラフにはマルチェッロ・ジョルダーニ、リューにはマリーナ・ポプラフスカヤの配役。マリーナ・ポプラフスカヤの消え入りそうなピアニッシモでの歌声は中々素晴らしかった。マルチェッロ・ジョルダーニの「だれも寝てはならぬ」も見事。そして毎度ながらの豪勢、物量投入、華麗なる演出を見せてくれるのだが、この演出は実は事前に見たことがあったのである。と言うのも私はDVDでもMETのトゥーランドットを持っているのだが、この演出がフランコ・ゼフィレッリによるものでDVDの製作年月日は1988年だ。ということはかれこれ最低でも22年この演出で上映され続けていると言うことになる。実際、幕間のインタビューで歌手が「伝説の歌手達が歌い継いできた舞台に立てて光栄」といったコメントを出している。微細なる演出はさすがに異なるのだが舞台セットはほぼ同一だけに思わず22年前との違いを探そうとがんばってしまった。まーあまり意味はないな。それよりはこの長期間陳腐化せずに作品として保たれていることへの賞賛であろう。このフランコ・ゼフィレッリはMET以外にもオペラの演出はかなり熱心らしく、この前来日していたミラノ・スカラ座の「アイーダ」も演出していたのでますまさお盛んなのであろう。
休憩も含めて3時間。どっぷりと音楽に浸ることができて満足であった。終了して帰宅するべく出口をでると2回目の上映予約が売り切れ寸前となっていた。「やはり、日本人はトゥーランドット好きなのねーー」と思う次第である。METライブビューイングは今週から4週連続で続く。いやー全部皆勤できるだろうか。ほんとはしたいのだけど外部からの要因でどうなるかは今の所不明。せめて「カルメン」と「ばらの騎士」だけは抑えておきたい。

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